Sermon法 話

仏さまのなあがい目


皆さん、まず仏様のお顔を思い浮かべてみてください。

どんな目をしていらっしゃいますか?パッチリ二重の目でしょうか?違いますね。半分閉じて遠くを見るような目ですね。これを半眼(はんがん)と言って、瞑想をする時の目なのです。自身の内面を見ると同時に先を見通す目でもあります。

私たちはどうしても目の前の出来事に振り回されてしまいますし、何か良い事をすると、お腹が減って物を食べてあーお腹がふくれたというように、すぐに良い結果が欲しくなります。しかし、仏様のなされる事はそうではないのです。な~がい目で先を見通して物事を廻してくださいます。

私の寺の初代住職は私の祖母です。29歳の時に弘法大師様に救われて仏門に入りました。お大師様の教えを受けて、相談に来られる方を導いていったのですが、なかなか自分自身の状況、心持ちが楽になりません。何でこんなに拝んでいるのに、自分は楽にならないのだろうと仏様に愚痴をこぼして、もう拝んでやるもんかとへそを曲げたこともありました。

そんな時にお大師様が夢の中で教えてくださったのが、タライの教えでした。

「タライの中に水を張って、〈私が〉と自分の方へ水を引いてみよ。水は横に逃げていってしまうだろう。反対に〈あなたへ〉と向こうに押してみよ。回りまわって自分の方に返って来るだろう。仏の仕事はこれと同じで、先ず外堀から埋めて最後に自分のことを成就させてくださるのである。お前は外堀が埋まっている間に大師の袖を放すでないぞ。」(詳しくは歴史の項をご覧ください)

仏様の目は、目の前の出来事だけに振り回されないで、自分を見つめて長い目で物事を見なさいよと教えてくださっています。


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