Sermon法 話

イチロー選手の流儀から学ぶ


2015年6月13日の本拠地でのロッキーズ戦、代打で出場したイチロー選手が四球を選んだとき、こんな場面がありました。

彼は一塁に走り出しながらも左手でバットをそっとバッターボックスのコーナーに置いたのです。それを見た地元テレビ局の実況アナウンサーが、「私はイチローのバットの置き方が大好きです。彼はこれ以上ないほどバットを大事に扱うのです。四球を選んだ際にバットをグランドにものすごく優しく横たえましたね。」とコメントしました。

イチロー選手は当時42歳でその時点で大リーグ最年長の野手でしたが、レベルの高いパフォーマンスを維持していました。その裏には常に努力を怠らない姿勢と、このように道具を大切にするということを続けていることがあるのだと思います。 日本人選手は少年野球のころから教え込まれていることもあって、道具を大切にする人が多いのですが、一般的に大リーガーは道具に対して無頓着です。というのは、雑用は全てクラブハウスボーイがやってくれるので何もしなくてもいいというのが大リーガーとしての証でもあるからなのです。けれどもイチロー選手はその習慣に染まらなかったのです。

私たち日本人は針供養や筆供養をして使わせてもらった物に対しても感謝の心を表し供養してきました。その根底には「山川草木悉皆成仏」即ち、この自然界は仏の世界の現れであるという思想があります。命あるものだけでなく、物にまで心を配り通わせることができる、大事にし次の世代にまで伝えたい日本人の感性です。


(福井新聞「心のしおり」欄に掲載分を手直ししたものです)


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